2014/08/18

小さい頃のあなたは天才でした

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作品をつくる時に、
どうやって作るか知っていますか?

アイデアって、
個性って、

どうやって出すか知っていますか?

クリエイティブ・レッスンと称して、

今それを
コダマに勉強してもらっています。

 *

「さやかさんみたいに
ブランドを作りたいんです!」と、

今スタッフとして活躍してくれている
コダマが、

イベントに来て
ものすごく直球で伝えてくれた時に、

「ああ、この人は本気だなあ」と思ったのを
今でも鮮明に覚えています。

 *

わたしは幼少から
クリエイティブ畑の親元に育ち、

美術の専門教育も受け、

その後も
会社こそリクルートとは言え、

ディレクターとして専門職についています。
根っからのつくる人です。

 *

小さな頃の子どもは、

プロから観ると、
誰もが、

「天才的才能の持ち主」です。

「うちの子は本当に下手でダメで」
とつい言ってしまう親御さんには、

多分理解が難しいかと思うのですが、
これは、事実なのですよ。

 *

小さい頃、
まだ誰もあなたのつくったものを

上手いとも下手とも言わずに
自由にさせてくれていた頃は、

あなたも天才だったのです。

ただ、その才能を
理解出来る人が側に居なかっただけです。

 *

思うままに
感じるままに線が引けるなんて、

天才の成せる技です。

何の迷いもなく、
好き勝手に書いたり作ったり出来るのは、

天才だからなのです。

他人の目を気にし始める時期までは、
誰もが天才だったのです。

 *

クリエイティブ・レッスンでは、

例えばわたしはこうやるよ、
わたしが勉強してきた限り、

アクセサリー作りなら
ここが結構肝だと思うよ、

みたいな大ざっぱな
セオリーをお伝えして、

そして、

その日のお題で
アイデアスケッチを作り、

一緒に作ってもらいます。

 *

上手くやることは目的ではなくて、

頭の使い方と、
それを表現するということの

仕組みを覚えてもらう時間です。

 *

つくるというのは、

自分の内面と
対話することです。

自分の内面を
カタチに起こすことです。

つくるっていうのは、
生きざまも見え隠れするものです。

 *

こと
アクセサリー作りに関して言うと、

素材は豊富に売っているものから
集める作業なので、

ゼロから生み出すよりも何倍も簡単です。

やり方を覚えるには
うってつけです。

そして
それは、

特別な人だけが出来る
特別なことではなくて。

意外とシンプルなことなのですよ!

 *

8月のレッスンのお題は「星空」でした。

アイデアスケッチをするために

スタバで待ち合わせをして、
ちょっとしたレクチャー(笑)。

そして、その後は、
制作室のあるショップへ移動して、

全く同じ条件の中で
お買物も一緒にして、

実作に入ります。

大体、平日の半日コースです。

 *

コダマの星空は、

地元北海道の冷えた空気の中で輝く星。

紺色の空に包まれた
星達のイメージでした。

























 *

そしてわたしの思う星空は
天の河でした。

もうこの時点で、
違うのです。

これが個性の違いです。

 *

何も特別なことをする必要はありません。

思ったことを
カタチにしていくだけなのです。

そのやり方は、
レクチャーでお伝えしていきます。

 *

ここでは、

上手いとか、下手とか、
そういうことはどっちでもいいのです。

自分の感じていることを、

アクセサリーというカタチにして
表現してみる、

ということに主眼を置いています。

 *

作り終えると、
違いが面白いです。




















同じ星空を題材にしても。

こんなに違う。

使うクリスタルも、
パーツも、
素材も、

同じショップで選んでいても、
こんなに違うのです。

 *

今回から
アイデアスケッチを
練習してもらうことにしたので

この段階では
イメージが豊富にありますから、

もっとバリエーションがあります。

 *

これが、
心の違い。

受けとり方の違いを目で見る面白さ。

クリエイティブの面白さです。

スキルはその人のレベルで大丈夫。

次回は9月末か10月頭頃…?

一緒にアクセサリー作りを
楽しみたい方が居らっしゃいましたら、

お声をかけてくださいね♪


ストーン・コンシェルジュ & 作家 みたけさやか

2014/08/17

自分のことばかり?

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自分のことばかり、
と言われることがあるのですが。

別にわたしが
辛いことに共感して欲しいとか、

そういうこととは違うのです。

それは意図とは違うのです。

 *

実話からだけ、

人は
何かを見つけているように感じて来ました。

編集されたものであっても
それが

「フィクション」か
「ノンフィクション」と表記されるかで

「感動の度合いが違う」
ということは、

テレビを観ていて
理解した方も居る筈です。

 *

本当の話を
聴かせてもらった時にだけ、

人って、
ちゃんと自分の内側と向き合える。

そういう感覚はいつも持ちます。

だとしたら、
わたしが見せたいのは、

本当の話の方だなと思います。

 *

とはいえ、

本当にどうしようもない程
深いところと向き合っていた時は、

一切言葉にならなくて、

去年などは
かなり更新が出来ませんでした。

そういうこともあります。

 *

「そんな暗いことばっかり書いていたら
運気が逃げるわよ!」

と言われたこともあります。

でもそうかなあ…?と。

わたしが今に至るまでに、
たくさんの方から

色んなお気持ちを
聴かせていただけているのは、

多分、こうだから、なのだと思います。

 *

本当に辛いと感じる時に、
何かを決断しなくてはならない時に、

言える相手が居ることは、
恐らく大きな安心だろうとは思うのです。

 *

自分だけじゃなかった!

ああ、そういう人が
他にも生きているなと事実知っていることは、

それだけでも違うのではないかな?
と思います。

本当に日常のアップダウンは
誰にでも起っていることなので、

聴いてきたわたしが
保証してもいいのですが(笑)、

でも、どの位なのかは、
具体的に知らない限り、

不安は続くものなのではないかな?と。

 *

弱い気持ちを
本音を晒すのは

こういう社会においては
誰だって躊躇することなのではないかと。

でも、

誰にだって、
起っていること。

それこそ、わたしが言われたように

「そんな暗いこと!」と言われた日には、
わたしだってちょっとは傷つく訳です(笑)。

それを慣れない人が聴いて、
平静で居られるかなあ?と思うと

時折疑問でもあります。

そうやって
「明るいこと」だけを良しとするから、

心が壊れちゃうんじゃないのかな?と
思ったりもします。

 *

しんどい時はあると。

そういう気持ちでも
良いんじゃないの?と

本気で伝えるには、

自分自身が、

自分のあらゆる感性を
良しとしている必要があるなと思っています。

そうじゃないと、

そこで誰かに伝えられる肯定は、
単なるポーズになってしまうからです。

 *

それはどこか
感じ取れる、

解るものだと思います。

そしてそれに
傷つく人も居るだろうと思います。

傷ついたからこそ、
言えないで抱えることになった人も
いると思うのです。

 *

わたしは、誰を信頼するかな?
と考えた時に。

いつも良いことを言うだけの人は

正直、
信頼するのが難しいです。

その人の背後に、

むしろそうじゃない在り方が観えた時に、
人として安心します。

 *

現代は、
ホッとすることが減っている気がします。

こんなもんですわ。
という。

泣いたり笑ったりして、
なんとかやってるんです。

という。

そういうことは、
安心感になるんじゃないのかな?

自分も出来ることがあるって、
そこから気がつける人も居るんじゃないのかな?

と思ったからこそ。

だから、
わたしは伝えてきました。

 *

あなたがどういう読み方をしているのか、
わたしには解らないけれど。

わたしが自分を晒すのは、

それが時に誰かの心を

勇気づけたり
支えたり出来るから

と知っているからなのです。

そして、だから。

わたしはたくさんの人から
お話を伺ってきているのだと思います。

 *

そろそろ対面オーダーで
お客さまとお茶をしたい気持ちです。


ストーン・コンシェルジュ & 作家 みたけさやか

2014/08/16

比較すると簡単に理解出来る

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比較しない方がいい、
というのが定説ですが。

比較すると理解しやすくなります。

 *

クリスタルも、
たった1つのクリスタルの在り方を

その1つだけで感じるよりも、
似て非なるものとの比較においた方が

圧倒的に理解しやすくなります。

 *

何でも同じ。

同じような条件があるなら、
比較すればいいのです。

 *

自分の気持ちそのものに
気がついている人は実はとても少なくて。

誰かや何かと本気で比較をすると

初めてその良さが
観えてくるってありますよね。

 *

自分を含めて
誰だって、完璧ではないので。

誰だって、
誰かにとって不完全でもあるので。

ちゃんと冷静に比較してみたらいいのです。

 *

幸せは、
「自分がした選択」の中で起こるもの。

誰かの選択を鵜呑みにしているうちは、

残念だけど、

それが幸せかどうか、
味わうのは難しいかもしれません。

責任をとる、というのは

自分のした選択だと受け容れる
ということだと言い換えることも出来ます。

もしどこかで
誰かの選択を鵜呑みにしたとしても、

そしてその選択肢をいつまで
とり続けるかどうかは、

「自分が決めることだ」ということです。

 *

「今ないもの」は、
希望という名の幻想です。

それが未来を作り出す
原動力でもあるので、

本当に本当に大切なことではあるけれど。

幸せになれないなと
いつも空気を掴んでしまうような感じで

苦しんでしまうようだったら、

ちょっと見つめ方を
変えてもいいかもね…?

とは思います。

 *

それが現実逃避なのか、
本音なのか。

それは、

しっかり比較してみたら
意外と簡単に解るものです。

その時のコツは。

下を観て
「悪くない」と思うのではなく。

自分の
今の選択肢の中で

「最良の選択をしてるじゃないかー!」

と思うことです。

 *

もしシンプルにそう思えないなら、

その選択は
自分にとって間違いの可能性があります。

その時は、

1度他の選択肢を
いくつも頭の中においてみたらいい。

頭の中で想像するのは自由です(笑)。

そして次に
「本当にそうしたいかな?」と問いかけてみる。

その時にYES なら、
潔く選択肢を変えることです。

 *

人との関係性、
人そのものというのは、

身体も心も、
非常に立体的なものなので。

だから。

大事に想う人程、
距離をとって。

そして、
全体を見つめることだと思います。

 *

いつでも、
反対側があるということ。

そこをどう観るかは、
意識的な問題です。

つまり、
「どうとでも捉えられるもの」なので。

光と暗闇、
ある種の善悪、という

二元化をするのではなくて。

そこにも
その人の美しい輝きがあるんだよ。

と思えた方が素敵かなあ…と(笑)。

 *

ラブラドライトを
思い出してみて欲しいのです。

寄り過ぎると、

そこには単調なグレイだけが
映っているかもしれません。

でも引いて、

時にぐるりと回転させて
全体像を観ると。

そこには
モルフォ蝶の羽のように輝く、

光のスペクトルが見える。

人との関わりには
こういうことが本当に沢山あります。

 *

どんなに慣れ親しんだ人も、

あなたが日々成長するように、
成長している。

変化しているのです。

 *

実際に、

今のあなたに映る
その嫌なところも、

誰かにとっては、

それは得難い
最高のものなのだから。

もしくは、
その人にとっては、

最高のものとして受けとる必要のある
背景があったのだから。

ということです。

 *

あなたが

繰り返している
感情がもしあるとしたら、

繰り返し
外側に観ている状況があるとしたら、

それは、

あなた自身が
引き起こしている可能性が高い。

それは、
誰との間にでも起るということです。

それは、
相手の問題ではなくて。

あなたの問題であるということ。

あなたのフィルターであるということ。

そこに気がつくと、

優しい方に
舵が切れるようになります。

 *

誰もが
かげがいのないものだよ、

ということを

ちゃんと知っておくこと。

あなたが誰かの幸せを願うように、

自分も幸せになることを、

まず自分自身が
幸せにコミットすることを、

大切にしてもらえたらいいなあと思います。

 *

あなたの側に居る
あなたの大切な人には、

あなたが
その人を大切に思っていることを

「真っ直ぐに言動すればする程」。

伝わるようになる筈です。

誤解ならば、解けていく筈です。

その人があなたを
本当に大切に思っているならば、

あなたの笑顔を
シンプルに喜ぶ筈なのですから。

それが何よりの証だと思いますよ。


ストーン・コンシェルジュ & 作家 みたけさやか

2014/08/15

投影

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「さやかちゃん、ばかねえ」と
言われることは…まま、あります(笑)。

人のことを思うと、

結果、
自分に不利かどうかではなくて、

その人にとって
有利なことを

機能するようにきちんと解りやすく
提供してしまうからなのだ、と思います。

しかも、無料で(笑)。

 *

その度に、
次はどうしたいかなあ…?

と思います。

 *

結局、
同じことをし続ける自分を観て、

確かにばかかもね、と思います。

 *

でも。

理解というのは
そういうことなのではないかな?と。

理解出来ることを、
放置するのは難しいのです。

 *

「聴き役」に徹することは
避けるようにしていますが、

それでも、
特にお友達の場合は。

置いて去るのは難しいです。

ほぼ、不可能です。

 *

無料で
誰かに何かやらせていただくのは

自分自身が
本当に大人である必要があるし、

難しいことだと思っています。

専門分野のことを
ぺらぺら話してしまうことも、

賛否両論ありますよね。

もちろん
お金のことは色々言われるので、

稼ぎになるならそうしたいなとも思います(笑)。

 *

でも目の前に、
行き詰まったその人が居て。

その人が
向き合おうとしている時に。

それ、セッション出来るよ!と
言うのは難しいことが多いなあと(笑)。

 *

今、ここで覚悟しているなら、
出来ることなら聴くよと。

 *

わたしが多くの人にとって

本音を話せる人、
であるならば。

それはすごいありがたいことだなあと。
聴く力をつけてきてよかったなあと。

それは本当に思います。

努力して来て良かったなと思います。

 *

でも、時折
少し物悲しくもあります。

 *

自分のことを聴いてもらうのは
うれしくても。

相手のことを聴きたいかどうかは

本当に本当に、
別のことなのだよなあ…と。

話し終えて去っていく人が多かった
若い頃とは違って、

その後も大切にしてくれる
友達で居られる人が圧倒的に増えたのは、

みんな歳をとったからなのかも知れません(笑)。

 *

それでも深く考え過ぎると
すごく物悲しい気持ちになります(笑)。

でもそうやって聴き続けて来たから
理解していることはあります。

それは学問として学んだ訳ではないけれど、

だから、
実績として認められないのかも知れないけれど、

「心の仕組み」は、
かなり深く把握していると思います。

 *

今は、

関係性における
心の仕組みを

この数ヶ月を通して
がっちり見つめています。

これまで不可視だった
その領域が観えて来て、

心の仕組みがどうなっているのか、
大分解って来ました。

他の人に応用の利くレベルまで
削ぎ落としたい…と思います。

 *

誰に頼まれた訳でもなく(笑)

コツコツ積上げて来たのは
何のためだったのかな?

と時折思います。

自分のためだったにしては
ヘビー過ぎて

荷が重いからかもしれません。

大方出来て来たので、
後はまとめるだけ、ではありそうです。


ストーン・コンシェルジュ & 作家 みたけさやか

2014/08/14

否定という名の愛を受けとりたいか?

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否定を何故するか?

もちろん
キライだからというのもあるけれど、

多くは
「もっと、こうした方がいいよ」ということが

コンテクストに入っています。

この話題。

言い方を間違えると
すぐ喧嘩になりますよね(笑)。

 *

否定の出所…

結局のところ、それは

愛ゆえです。

 *

ところが、
これが行き過ぎると、

「否定されていること=愛」

というフォーマットが
心の深いところに出来てしまって

逆の「肯定されていること=愛」という側面を
認知し難くなってしまう。

「いいね!」ではなく

「ダメなんじゃないの?」ばかりを
受けとろうとしてしまいます。

 *

肯定されるよりも、
否定される方が心に残ったり。

自分を好きだと言ってくれる人よりも、
ダメと言ってくれる人を大事にしたくなったり。

そういう経験は、
多かれ少なかれあるんじゃないかな?

と思います。

 *

それ自体が
避けるべき悪いことかと言うと?

そんなこともありません。

何しろ、

向上心のつよい人は、
案外陥りやすいパターンかもなあ…と

思ったりもします。

ダメだと言われることを
出来るようになって行くと、

大概は能力が上がって行くものです。

それは当人の力をつけて行く
1つのキッカケでもありますよね。

そう。

だから、
一概に悪いことでもないのです。

 *

詳しい説明は省きますが、

肯定も否定も、
出所は愛です。

愛なんたるかは、
これまた認知が偏っていることが多いけれど、

ここでは説明を省きます。

 *

愛なんだからいいじゃん!
というのも解るけれど。

心の健康をキープしたいなら、

自分を肯定してくれる人を、
なるべく周囲に置けた方がいいかなあ…?

というのはあります。

全部というのはおそらく
社会生活を営む以上不可能なので、

なるべく生活周辺には、
いいね!を固めておきたい。

あくまで希望として、位でいいと思います(笑)。

 *

「否定的な愛」を自分に向けている人は、
否定的な愛を引き起こしやすいです。

自分をダメだと言ってくれる人で
周囲を固めやすい。

無意識に
そう選んでしまうのです。

 *

誰だって、

自分に対する否定の
ひとつやふたつはあるのだけれど、

このケースの場合、

「相手自身の否定」も被ってしまう人が多いです。

大事な相手だからこそ、
自分が変わればいいと思ってしまう。

自分のせいだと思ってしまう。

厳密に言うと、
その側面も実はあるのだけど、

100%自分のせいというのは、
起り難いということを忘れがちなのです。

 *

だから、

「それはあなたの問題だよね?」と
相手に押し戻すことも難しくなります。

自分にも何か
相手から観たら問題はあるだろう

という「視点は大切」なのだけれど、

あなたの問題だよね、
そこはこっちからは手が出し難いよ、

もし必要なら言ってくれたら
出来ることもあるかも知れないけれど、

という視点も同じ位大切です。

そこを
まるっと引き受けてしまうと、

相手は、自分の言動が
どう相手に影響するかを正確には気がつけないし、

解り合うのが難しいままに、
否定の連鎖が出来ていってしまう訳です。

それは、

本当にお互いのためになるのかな?
どうかな?

と思います。

 *

否定という名の
愛を受けとらずにいるには。

自分と
大事な人を隔てるための

「距離感」が大事なのだと思います。

「そういうの傷つくよ」
「そういうの嫌なんだけど」

そうやって言葉にして返せる距離感。

「止めて!」とかではなくて
「こうして!」とかではなくて、

自分の素直な気持ちを伝えられる距離感。

多分これが、
1番難しいのだけれど。

 *

ボーダーライン。
それはブルートパーズみたいなエネルギーです。


ストーン・コンシェルジュ & 作家 みたけさやか