2018/05/08
散る花の美しさ
自然のものは本当に美しいです。
散った後にも
こんな美しさを見せてくれて、
余りに感動してシャッターを押しました。
*
わたしが
他者の死と向き合った最初の最初は、
小学一年生の時だったように思います。
クラスメイトが
亡くなったのでした。
そして、
高校生の時に幼馴染のお兄さんが亡くなり、
予備校へ通う頃には
中学の同級生が亡くなり。
社会人になると、
高校の後輩が亡くなりました。
恩師も亡くなりました。
*
みんな、わたしを置いて行ってしまう。
そんな気持ちで
泣いていたのを覚えています。
日々、
今日が最後でも後悔しないように
精一杯、生き過ぎて。
周囲との温度差に愕然とすることもありました。
*
祖母や祖父が亡くなるよりも、
恩師が亡くなった時の方が辛かった。
初めての主治医が
亡くなっていたことを知った時も、
号泣しました。
「あなたにとっては
初めての理解者だったのかも知れないわね」
と、言われた方で。
その哀しさは本当に
理解されなかったのを覚えています。
身内だから、
哀しいとは
限らないのでしょうか。
*
きっと、
年齢のこともあるのだと思います。
余りにも覚悟していないものが
目の前に現れる時、
それは本当に驚きです。
だからその分、
余計に哀しいのだと思います。
そして、
目の前で
気持ちをかけてくださっていた方の死は、
身に寄り添って哀しく、
ひどく気持ちの塞ぐものでした。
*
わたしは落ち込んだ時に、
独りでいるのは苦手なタイプです。
哀しくて独りで泣くのは、
寂しさを倍増させてしまう。
でも。
人によってこの辺りの感覚は、
ものすごく違うんですよね。
放っておいて欲しい方も
沢山いらっしゃる。
やり過ごし方が違うのは、
興味深いところです。
大切なお友達の過ごし方は
知りたいと思うようになりました。
*
生きているということは、
死に向かっているということだから。
それは等しく
いつか、やってくるのだけど。
そう思うと、
今日1日がまた奇跡のように尊く。
お友達への想いも、
表現しないで、居てはならないなと。
どう伝わるかを怖く思っても、
大事に思っていることを伝えたいなと。
そう思うのでした。
*
美しく生き切る命を思う時には、
ガーネットを…。
ストーン・コンシェルジュ / アクセサリー作家
みたけさやか
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