2011/02/12

とても大切な友達
















わたしだったらどうするかは、話すけれど、

本当は
それさえ余分な話かもなあと思ったりはします。

昔みたいに
相手をひたすら聴けなくなったので

「でもさ」と言ったりはするけれど、

でも、
その「でもさ」以下の話は

聞き流してくれていいよ、
と思います。

 *

その人がその人を生きておくれ、と、思います。

あなたとわたしは別の人間なので、

やっぱりあなた自身が、
幸せでいることが大事なような気がします。

 *

幸せは、人それぞれ。

幸せは感じるものなので、
その人にしか判らない。

「幸せ」は、

「見たくない自分」と
同じ扉の中に入っていることが多いような気がします。

 *

「もしそうなったら、もう
こうしてはいられない気がする」

本当の自分と向き合っていくことを
恐れる気持ちとは、

ああ、こういうものなのだなあと感じながら。

でも、

本当の気持ちのままに生きた時の自分を
恐れずに、

まずは自分自身が
温かく見守ってあげて、

と思います。

多くの人は、

本当の自分を生きることは、
破綻であるかのように感じるのかも知れませんが、

わたしは、

多分それは、
破綻を修復する

唯一のものなのではないかと感じるのです。

 *

日々迷うことがあります。

正解が沢山存在するこの世の中で、
決断をするためには、

自分と向き合う必要があることを
長いこと実感しています。

ある意味、全て正解です。

判断基準は、
本当に、自分がこれでいいと思っているかどうか。

それは思考というよりも、
感覚なのかもしれません。

確信を持てることばかりではありません。

その時々の自分の限界を
思い知るようなことだとさえ思います。

そして、決断はいつだって恐いです。

本当にそれで良かったかどうかなんて、
誰にも判らないからです。

判断できるのは自分だけだからです。

それまで曖昧にあった
未来の選択肢を絞ることでもあるからです。

 *

ただ、ひとつだけ言えることがあって、

どの選択肢を取ったとしても、

幸せになることは出来る、
ということです。

それは同時に、
どの選択肢を取っても、

不幸になることも出来る
ということだからです。

どんな困難な状況の中でも、
幸せはやってきます。

とった選択肢の先に、
幸せをクリエイトするのは自分。

幸せか不幸かを決めるのは、
自分自身だからなのです。

 *

世の中のあらゆることは、
自分の選択の範囲で成立しています。

選択肢を広げるために、
人と話すことも大事だろうなと感じます。

決めるのが怖いのは
当たり前だと思います。

それが変化をもたらすものであれば
尚更怖くて当然だと思います。

 *

今すぐ決められないことを、
悪いこととする必要はあるでしょうか。

決めたからといって、
いいことだと言えるでしょうか。

いいとか悪いとかは、
個人の感想のようなものです。

自分の状況を
淡々と見つめればいいだけに思います。

今、決められない。決めたくない。

そんな自分がいることを知っておくことだけで
まずは充分に思います。

動きたくないのならば、動かないこと。

それによって逃すものもあるでしょう。

でも、
それでいいのです。

それが
自分の選択だということです。

無意識に流さず、

今は動かないと
自らが意識することなのだと思います。

 *

意識的であれ
無意識であれ、

自分が決めていることの積み上げで
今日があるように感じています。

このままでは嫌だ、と感じたら。
その感覚は大切にして欲しいです。

そして、

二者択一はとても怖い筈なので、

取れる選択肢を
増やすことだと思います。

 *

時間は、
あなたがあると思っただけあります。

あなたが
あなたの意思で、

また1歩ゆっくりと踏み出すことを
祈っています。

わたしは10代だった当時から、
これからもずっと

あなたのことが大好きです。


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