読みたい人がいるかどうか
かなり怪しいものですが…(笑)。
本当に
本気でやりたいことは叶うという
体験のシェアでもあるので、
読みたい方のために、
昨日の続きです。
*
ちょうど昨日で
お約束の2ヶ月が終了。
酷い「横やり」も今回ばかりは入らず、
やっと予定調和しました!
精神力要りますね。
でも、
久しぶりのオンタイムです。
すごい達成感です。
*
4月。
42歳のお誕生日前は本当に大変でした。
病状の悪化で、
入院か投薬か、
とお医者さんに言われる状況を
「帰ります!」と
精神力でくぐり抜けました。
*
両親同伴で言った病院で、
「あなた自分が
普通の状況じゃないのは判っていますよね?」
と言われて
お部屋で倒れているのに、
フラッフラなのをおして、
歩いて電車で移動です。
どれだけの精神力なんだと思います(笑)。
*
「あなたが居るから(心配だから)行かない」
と言い出した母を、
一生に一度しかない
「祖父の7回忌」に参加させるために、
相当な無理をして、
(空港では車椅子でゲートをくぐり
飛行機の中では中央席を空けていただいて
横になって移動)
母の実家のある北海道稚内へ同行。
(ここ…何で??変じゃない?
と思うところです・笑)
*
冗談じゃない!!と思ったのです。
そんな大切なことをわたしが居たから
行けなかったと思われること自体が。
それはわたしを大切に思うから
側に居たいのではなくて、
心配だからです。
ここで詳しい説明は省きますが
心配というのは、
きちんと原因を見ていくと
相手のことではなくて、
自分の中にある
不安について言っていることが殆ど。
*
それで納得する
両親も変だとは思うのですが、
そういう親であることは理解の範疇でした。
*
東京へ戻った後、
すぐに両親と同居の再開は難しいと判断して
歩いては倒れるみたいな状況の中、
親と親戚を説得して、
羽田から1人大阪へ移動しました。
*
結局、
入院と同じ状況を仮想的に作れる
環境を考えた時に、
ある種のリトリートを避けていくと
「24h の丁寧な対応」という視点で探すと
高級ホテルだけが思いつく唯一の選択肢でした。
実は、あのホテルステイは、
自分を守るために
自分が出来る
その時の最善であり、
やむなしの選択でした。
*
最初の場所は
本当に残念だったのだけれど、
その時に診察をしてくださった
近くの内科医さんがとても良い方でした。
とにかくわたしは
長年深い緊張状態を続けていたので、
身体のこともよく解らないし、
「緊張が完全に解けたら
心臓が止まってしまうのではないか?」
という素朴な恐怖が生まれてしまって(笑)!
それに対して
「それは大丈夫ですよ」と、
真っ直ぐ返してくださったのが良かったです。
お友達も1人だけ、
「余程のことをしても
止まらなかったから大丈夫だよ」
と返してくれて、
基本的に
質問にシンプルに答えてくれたのは、
この2人だけでした。
(それにしても、知らないって怖いです!
後日、別のお友達に大笑いされました・笑)
*
その後移動した、
リッツ大阪さんでの経験
たった4日で、
長年失っていた「自尊心」が回復したのは、
本当に大きな収穫でした。
一生忘れられないです。
大きなターニングポイントです。
*
リッツさんでのステイが終わる夜、
お友達が来てくれていました。
結局家に戻るのは
まだ精神的な負担が大き過ぎると、
そのまま先輩のお力を拝借して
ホテルステイを
一週間少し延ばすことが出来たのは
本当に幸運だったと思います。
*
その間にも、
先述のお医者さんで
リッツの方々から
いただいたお手紙をみていただいて、
「入院か薬か」という状況を完全に脱し。
薬も「必要を感じたら来てください」に変化。
これは大きかったです!
*
わたしは、お医者さんに、
診断が「常に思い込みである可能性」を
ちゃんと知っておいて欲しかった。
そういう冷静さを持つ意味を
知っておいて欲しかったので、
退院後も
とにかくカウンセラーさんには
感じて思うことは
全部正直にお話しして来ました。
お医者さんにも、
正直に断薬も伝え、その後も伝え、
一切の嘘を交えず、
あるままを伝えて来たのです。
わたしが長年求めていた
「証明出来る何か」を
リッツ大阪のスタッフさん方は
くださったのでした。
*
この時は、本当に、ひと安心でした。
カウンセラーさんからは
「さすがにあなたはもう
あなたの言うところの、
ご両親を助け出そうなんて
思っていないですよね?!」
ということを
急に言われるようになりました。
*
そして、わたしはやっと
自分にとって
そこで起っている事態が、
「異常事態だ」ということに
気がつけたのでした。
*
というわけで、更に続きます。
ストーン・コンシェルジュ & 作家 みたけさやか
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