(前回からのつづき)
オーディション合格をしたものの、
まずは
親からの反対に合いました(笑)。
詳しく知らないため説得も難しく、
それは知らない人に
色々言われるということでもあり、
「そんな金額!詐欺じゃないのか!!」
みたいなことまで言われました(笑)。
今ではすっかり笑い話ですが、
それ位わたし自身も何も知らなかったのです。
*
当時は、
Blogでいただいたオーダーに対して、
オーダーメイド作品をお作りするだけの
お届けスタイルだったので、
作れるのは月に15個が限界でした。
そのため、
毎月の収入も限られていましたから、
参加費を工面するために
助成金関係を調べて
あちこちに電話したり色々しました。
*
わたし自身にも、
「自分のコンディションが
展示会に耐えられるのか?」
という危惧がありました。
「不特定多数の大勢の前に
姿を晒して耐えきれるのだろうか?」
ということは
退院後未知の経験でした。
当時は常に「病気の再発」という
可能性が心にあったので
それはそれは
ものすごい心労で、
ものすごい恐怖感でした。
*
展示会出展の資金を工面した後も、
そもそも
ファッション業界の展示会は
生まれて初めてです!
何も知らないというのは
これまた本当に怖いことでした(笑)。
ひたすらお聴きするしかありません!
*
rooms の方だけではなく、
アンティークの机などを貸し出してくださる
什器レンタルの会社の方々にも
色んなお話を伺いました。
また、
ファッション系のディスプレイも
手がけていらっしゃる方を
ご紹介いただいて、
教えていただいて
「え!まだ何もしていないの!?」と驚かれてしまい、
お話をお聞きした後、
カフェの前で立ちすくんで
自分の知らなさ加減に呆然としたこともあります。
(その直後、
ハタと気を取り直して
速攻リサーチへ行き
言われたことの現場確認はして、
必要なものも買い出しに行きましたが…!
今でもあのショックは忘れられません。
教えていただけてありがたかったです!)
*
初めてづくし!
しかも
「再発するかも知れない」
という危機感がある中です。
あの恐怖感は言葉では伝えきれないと思います。
「やってみないと判らない!」
ということだけを胸に
やることを決めました。
*
この時に
サポートしてくれた主要メンバーが、
後に「チーム・ホリーヒール」と呼ばれていた
みんなです。
それ以外にも
リクルート時代の大先輩方が、
値付けや品番管理表、
あれやこれやをお手伝いくださって、
本当にどうやってお願いしたのかも
思い出せないくらいです。
恐らく結果だけを観て、
必死に走っていたのだと思います。
*
今も密に連絡を取り合っている人から、
距離が出来た人から、
色々ですが、
わたしは
みんなに今でも、
ものすごく感謝をしています。
*
実際に会期ギリギリのタイミングで
真っ直ぐ歩けなくなったり、
色んな不調が出始めて、
かなり怖い思いもしました。
初めてづくし、
しかも体調の不安を抱え込んでいる中、
展示会に参加出来たのは
どう考えてもみんなのおかげでした!
*
準備や設営だけでなく、
ローテーションを組んでくれて、
接客もすべて助けてもらいました。
それでもわたしは、
最終日の搬出後は疲れの余り、
わたしは声が全く出なくなっていたので
余程の緊張だったと思います。
*
助けてもらうことを
本当に苦手としていたわたしが、
「助けてもらうことを心底知った」のは、
この時だったと思います。
また、
「さやか本気だったんだね、応援するよ」
という話を聴けるようになったのも、
この後からでした(笑)。
2007年の退院後からコツコツ続けて来て、
雑誌にも載せていただいて。
でもこの時までは、
遊びや趣味の延長だと思われていたことも
同時に知りました。
わたし自身は自分の中で
2004年にソファの上で
ブランドごっことして始めて以来、
これは実現したい!と
最初から本気でやってきたことだったのですが、
いわゆる「ビジネス」な人達からは、
相手にされていなかったのです。
*
「新しい選択肢を取るというのは、
自分の世界が本当に変化するということ」。
それはこういう
実感からやって来ているのです。
(つづく)
一緒に活動した時間が1番長い初代チーム・ホリーヒールのメンバー |
会場はこんなに広いのです |
rromsの方の丁寧なアドバイスでイメージ通りに完成出来ました |
お借り出来た什器も本当に素敵だったのです |
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